おもいやり
クリスマスシーズンです。
今日から4回、私の好きな話をご紹介します。
ちょっと心が温まるお話です。
今日は鹿島啓次郎さんの「おもいやり」という文から… ………… 私が十歳の頃、東京の田無市で米屋をしている叔母の店に遊びにいきました。
その日の夕方、店員さんが配達に出かけたので、私が代わりに店番をしていました。
人の気配にふと顔を上げると、目の前に見覚えのある乞食が立っていました。
お金を上げようと立ち上がった私は、一瞬わが耳をうたがいました。
乞食は、「麦を一升売って下さい」と言いながらお金を出したのです。
乞食が買い物をする。当時の子供には、とても理解しにくい出来事でした。
とにかく「麦を売ってくれ」と言われたので、見よう、見真似で覚えていたやり方で、一升枡に麦を入れ、カッキリ一升にするために専用の棒で上面をなで、平らにしました。
その時です。
「待ちなさい。何という量り方をするのですか」という叔母の厳しい叱責の声が響きました。
いつも店員さんがやっている方法なのに、何故叱られたのか、私にはさっぱり分りませんでした。
店に降りてきた叔母は、私から枡を取り上げ、麦を山盛りに盛り上げ相手の差し出した袋に入れてやりました。
相手は何度も何度も頭を下げ帰って行きました。
その時叔母から、「お前は思いやりというものを持っていないのか。うちは米屋なので、米や麦を売るのが商売だが、気の毒な身の上の人から儲けようとは思わない。
「商売と言うのは、儲かれば良いというものではない。よく覚えておくように」
と、叱られました。
今60を超える歳になって、叔母の言葉の意味が分かってきました。