アー・ユー・ハッピー?…矢沢永吉(全2編)その1

その1

1988年、オレはオーストリアで被害総額30億円以上という、とんでもない横領被害に遭った。

犯人は長年、一緒に仕事をしてきた部下だった。

事件はオレにとって大きかった。

金額の問題じゃない。

とにかく精神的ダメージが大きかった。

ドーンと、胸に空洞があるみたいになった。

ショックだった。

だってそうじゃないか。

犯人は側近中の側近だ。

やつらが共謀して、オレを裏切ったんだ。

背任、横領、公文書偽造、やりたい放題だった。

しかも、10年間にわたって。

…………

「矢沢がやられたよ、だまされちゃったよ、大借金くらっちゃったよ、あいつバカだよな」。

結局、マスメディアが言っていることはこれだけだった。

オレは、負けるわけにはいかない と思った。

「こいつら、待っているんだろうな、オレが破産するのを。こいつらにいい思いさせたくないな」

こいつらっていうのは、「他人の不幸は蜜の味」と思っている連中だ。

すると、どうする?  何が何でも借金を片つけなきゃいかん。

「あの男は落ちねえな」と思わせるところにいかなきゃオトシマエがつかないだろう。

……………

オレが引かない理由?

プライドもあるだろう。

このまま尻尾を巻いたんじゃ、あまりにもシャクだよな。

でも、それだけじゃない。

もっと上から見てたら、本当に負けちゃいけないって思えるんだよ。

このままじゃ、世の中に正義ってもんが、ないってことになる。

「真実もクソもあるかい。おもしければいいじゃん」ってやっぱりのさばったら、社会は終わる。

いくら腐っても、どっかのところでは、誰が悪いのか、何がどうなっているのか、きっちり白黒つけなきゃいかん。

…………

うちの女房はいいことを言った。

「あなた、FやKを憎んだところで、今さら消えたお金と時間が返ってくるわけじゃない。やらなきゃいけないことは、ほかにも山ほどあるわ。

可哀そうなヤツらだと思って、このことらからパスしちゃいなさいよ。あんまりあの人たちを憎むことに関わらない方がいいわ。憎んだら、あなたまで持っていかれちゃうわよ」

…………

そうだよな。

「世の中みんな盗人だ」と思って、いつもピリピリしていたんじゃ、いい音楽は作れない。オレはだまされた自分のことがいやじゃない。

この純粋バカさ加減の矢沢が嫌いじゃない。

そういうおれは甘ちゃんかもしれない。

…………

でもオレはそれでいいと思っている。

長い年月で、どっちが悲しい思いをするだろう。

オレじゃない。

オレを陥れるヤツの方が、悲しい思いをする。

オレは絶対そう信じている。

これは負け惜しみじゃなくて、そう思う。

人間はいつか死ぬ。

だんだん年をとって、体もゆうことをきかなくなってきて、ふと若いころを振り返った時、信頼してくれている人間を陥れたことがあるなんて思いだしたら、それは気持ちのいいもんじゃないよね。

 

負債と取り立て。これは苦しい。

 

でも、オレは負けない。

何歳まで生きられるか知らないけど、オレは役を与えられたんだ。

矢沢永吉という役を。

…………

「そうだよなー.ケツまくって生きるのもスジか」と思って、でかい口あけて笑えるようになった。

 

オレは歌える。

借金を返すのに何年かかるかなんて、そんなもん、たいしたことない。

死んだらほんとのおしまいなんだよ。やっぱり。

『アー・ユー・ハッピー?』矢沢永吉 角川文庫

 

明日は、少しだけ感想を書ます。。皆さんに、「キュ」