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幸福になる義務(全3編)その1

フランスの画家ルノアールは、78年の生涯におよそ6000点もの作品を残している。

特に晩年には、甘美な色彩で情感豊かな女性の美しさを表現した傑作を数多く描きあげたが、実は60歳を超える頃から、持病のリウマチが悪化し、手足が不自由になってしまっていたそうです。

それでも彼は、車椅子に乗りながら、堅くなって動かない手に絵筆を結びつけて毎日キャンパスに向かい合っていた。

それはとても辛い作業だっただろうが、ルノアールの絵には、そんな暗さは全く感じられない。

そこには、ただ美や生命の躍動感が表現されているのである。

ルノアールは、訪ねて来る人達に、いつもこんなことを言っていたそうです。

「私はとても幸せ者だよ。毎日、好きな絵だけを描いていられるからな・・・」

きっと、ルノアールは、たとえどんな状況にいたとしても、いつも自分のなかにある幸せを見ていたんでしょう。

そして、その時に、自分が出来ることに感謝して、ただ自分の望むことに向かっていたのでしょう。

私達は、他の人の幸せはよく見えますが、自分の幸せはなかなか見えないようです。

例えば、楽しそうに働いている人をみれば、羨ましく思えてくる。

そして自分の境遇と比べて、あんな仕事だったら良かったのにと思ったり、自分にはこれが足りない、ここがダメなんだと嘆いてしまうことが多いようである。

でも、仮にその人と同じ仕事に就いたとしても、楽しく感じるかどうかは分らない。

今、楽しく仕事をしている人は、きっと何をやっても楽しいだろうし、何をやってもつまらないと思っている人は、どんな仕事をしてもつまらなく感じてしまうのではないだろうか。

楽しいかどうか、幸せかどうかは、自分の外側の環境ではなくて、自分の心が決めるもののようである。

明日(その2)はここからです。

どんな仕事でも、失業してなかなか仕事が見つからない人にとっては、うらやましいだろうし、職がなくても健康ならば、病に苦しんでいる人から見れば、とても幸せに見えるだろう。

自分の中に「ある」ものでなく、「ない」ものを見ていては、いつまでたっても幸せを感じることが出来ないばかりでなく、今持っている幸せまで失ってしまうかも知れない。

逆に、ルノアールの例を見ても分かるように、たとえどんな境遇にいようとも、今「ある」ものを見て、それに感謝することが出来れば、それだけで、私達は幸せを手に入れることが出来るだろう・・・