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素直な心(パート2) 道理を知る(全3編)その1

「素直な心」というものは、広い視野から物事を見、その道理を知ることのできる心である。

 寛永の頃に幕府の勘定奉行をつとめた伊丹播磨守康勝は、農民や町民のために利をはかることが多かったといいます。

例えば、その頃、運上金、つまり税金を公儀に納めて、甲斐国から出る鼻紙を一人で商っている商人がいたのをうらやんだある富商が、「私にお任せ下されば、これまでよりも千両多くの運上金を納めます。どうかお許し願います」と願い出ました。

それに対し、評議では許すことに決まりそうでしたが、播磨守一人は、反対しました。

富商は、なおも熱心に願い続けたので、三年後には老中など執政の人びとの意見も、許すことで一致しました。

その時播磨守は、「これより後に、盗賊のおこらぬ道が立ちますならば、いかにも許しましょう」と、言いました。

人々がその言葉のわけをたずねると、播磨守は、次のように言ったということです。

鼻紙というのは、みなの生活必需品ですが、その値段が低いから世の助けになっています。

千両多く運上金を納めるといいますが、その千両をどこから引き出すつもりでしょうか?

その紙の値段を上げて、小売商に卸し、小売商がまた値段を上げて売るようになったら、値段は相当高くなるでしょう。

少しぐらい高くなっても、喜んでいる者にとっては何でもありませんでしょうが、貧しいものとしては、やはり自分の商うものの値段を上げて、高くなった鼻紙を買えるようにするしかありません。

一物の値段も同じ様に、高くなるのは道理です。

諸物価が高くなって、求めようにも求められなくなる場合には、『盗み』ということが起こります。

盗むとことが、世に盛んになったら、どういう政治をしてこれを防げるでしょうか?

盗みは貧より起こります。

わずかに千両の金が増えるからといって、世の風俗を乱してはなりません。

運上金を多くしようとすれば、物の値段が高くなっていくのです。

このことを、よくよくお心得願いたく存じます

明日(その2)はここからです。

人々は、播磨守の遠いおもんばかりを知って、皆、その言に従ったということです。

幕府の役人としての立場からいえば、運上金、つまり税金が千両も増えるということは、願ってもない話だったかもしれません。

だから他の役人達は、許可しようという意見を持ったわけです。

これはこれで、一つの考え方です・・・