欽ちゃんの至誠(全2編)その12
2、3分して戻ってくると、池さんは言いました。
「欽坊、やめなくていいぞ」緑川先生のところへ行って、掛け合ってくれたのです。
その時、どんな談判があったかというと、池さんはこんなセリフで説得したそうです。
「確かにあいつは出来が良くない。しかし、あんなに気持ちのいい返事をする男はいない。
あいつの『はい!』という元気な返事に免じて、しばらく辛抱して置いてやってくれませんか」
欽ちゃんは聞きながら、ぽろぽろ涙がこぼれたそうです。
それから、欽ちゃんは、先生や先輩の期待に応えようと毎朝、人より早く劇場に来て、一人で練習をすることにしました。
誰もいない舞台で、先輩たちがする1時間の芝居を、一人で演じる練習を毎朝続けたのです。
朝稽古をやって1カ月、思いがけないチャンスが訪れました。
主役の先輩が体調をくずして、突然、休演することになったのです。
困った演出家の先生が 「主役の代役だ。誰かセリフの入っているヤツはいるか」
と呼びかけますが、セリフを覚えていないのか、自信がないのか、誰も手を挙げません。
その時「はい!」と手を挙げたのが欽ちゃんでした。
この主役の代役は、緊張してセリフを忘れたり間違えたりで、ボロボロの演技でしたが、まわりの先輩のフォローでなんとか終えました。
結局、1回切りの主役代行でしたが、劇団のピンチを救ったことと、日頃の朝稽古が認められて、その後、欽ちゃんの給料は2倍になったということです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
芸人は、まわりの人から好かれ、応援されるということが、大事なのだそうです。
素直で前向きな人は、好感がもたれ、応援してもらえることが多いものです。
欽ちゃんは、日頃の「はい!」という気持ちのいい返事で、皆から好かれていました。そして、その「はい!」という返事ゆえに、危うくクビになるピンチを救われ、みんなが困っているときに「はい!」という前向きな返事で、みんなを助け、飛躍のチャンスをつかんだのです。
欽ちゃんは“至誠”の考え方を、“あいさつ”の中に活かして成功する
チャンスとして活かし、喜劇役者として大成されました。(終わり)