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113.ある大工さんの引退(全3編)その2

私には、この大工さんを笑うことは出来ない。

私もまた、この大工さんと同じようなことをしている気がする。

毎日、毎日、私達も人生という家を建てている。

けれども、建てることに、毎日全力を出していないことが時としてあるのではないだろうか?

「昨日忙しくて疲れている」とか、「今日あまり気乗りがしない」とか、「上司やお客様から叱られた」とか言って、どこかに心の隙間が生じている日はないだろうか?

人生は、一生住み続ける自分の家である。

自分の人生を、いつも夢や希望のあるものに出来るかどうか、自分の生き方で決まる。

自分の人生を、愛や感謝や喜びで溢れたものに出来るか否か、自分の生き方で決まる。

あの大工さんは「自分の家を建てると知っていれば、多分もっと頑張っていただろう」と悔いた。

私達は、自分の人生が誰のものでもなく、自分のもので、自分自身が作り上げていくことを十分知っている。

そうであれば、ひどい材料を使ったり、なすべきことを怠けたりすることで、雨漏りや隙間風のある家など作るはずはないのである。

だけど実際はどうだろうか?

112.ある大工さんの引退(全3編)その1

引退寸前の大工さんの話である。

彼は、もう引退しようと思っていた。

もう歳だし、これまで十分に仕事をしてきて、老後の蓄えもあるし、妻と一緒にのんびり暮らそうと思っていたのである。

雇い主は、そんな彼の気持ちを知りながら、「もう一軒だけ、家を建ててくれないか」と頼んだ。

「またですか・・・」大工はため息をついた。

前回の仕事では、自分はベストを尽くして納得できる家を建て、お客さんにも大変喜んでもらえた。

これが最後だと思って、全身全霊を籠めたのである。

しかし、もう今は、やる気もすっかり抜けてしまっている。

・・・

「そこを何とか、後一軒だけ、頼むよ。君が好きなようにしていいから」。

長年お世話になった雇い主の執拗な頼みである。

大工さんは一応、渋々招致した。が、どうしても真剣に仕事をする気になれなかった。

それでも、長年の習慣で体は動き、頼まれた家は期日には完成した。

しかし、言い材料は使わず、手も抜いたので、自分でもとても良い家だとは思えなかった。

完成の知らせを聞くと、雇い主がやって来てその家の玄関のキーを渡して言った。

「これまでよく働いてくれた。この家は、引退する君へ私からのプレゼントだ」大工さんは、大きなショックを受けた。

そして、ひどく恥かしく思った。

「自分の家を建てると知っていれば、多分もっと頑張っていただろう」と思ったからである。

・・・

3連載です。

111.無口と言われ続けて

 「私は人生を、魂の力を試す材料だと考えている」

-ロバート・ベラウニング(イギリスの詩人)-

無口な子供だと言われ続けてきた人が、小さな勇気を奮って、人生の生き方に変化を見つけていったプロセスを語った内容を参考にまとめてみました。

・・・

子供の頃、こんな遊びをしていたことがあります。

道に、水の入ったバケツや植木鉢などを幾つか並べておきます。

誰かひとりにそれらをよく見て位置を覚えてもらったら、目隠しをして、その道を歩くように言います。

さて、バケツや植木鉢に当たらずに、無事、道の向こうまでたどり着くことができるのでしょうか?

・・・

実は、このお遊びは、ちょっとしたいたずらで、実際には、誰かが目隠ししたとたん、バケツ等は全て片付けておくのです。

知らないのは、目隠しをしている子供だけ。

おっかなびっくり、そろそろと、その子が、障害物があるだろうと思っている場所を避けようとしたり、足で探っている様子を見て、いたずらを仕掛けた私達は、笑いを堪えるのに必死です。

そして、最後に目隠しを取って、後ろを振り返った時の、その子の唖然とした表情がとても面白かったのです。

そういえば、子供の頃の私は、とても無口でおとなしい子でした。

元々人見知りするようなタイプでしたが、小学校に入学して間もない頃、休み時間も机に座ってじっとしていた私を、何人かの同級生がからかってきたのです。

・・・

「こいつは、全然しゃべらないな」「そういうのを無口って言うんだぜ」といわれた言葉を、今でも覚えています。

そんなことがあったりして、毎日、登校するたびに、「無口。無口」と言われ、いつの間にか、私は、学校では、ほとんど口をきかないようになっていました。

小学校へ入るまでは、「おとなしい」とは言っても、初めは人見知りをするだけで、慣れてくると、普通に話をしていたのです。

でも、気がつくと、自分自身で「私は無口なんだ」とずっと前からそうだったかのように思ってしまっていたし、周りの人達も、「あまりしゃべらない子供だなと思っている」と、自分で勝手に決めてしまっていたのです。

学校ではほとんどしゃべらないことは、小学校の間じゅう続きました。

さらに、中学校へ入っても、同級生は、同じ小学校から何人も来ているので、その思い込みが変わることもなく、やはり、口をきかなかったのです。

勿論、自分では、友達と、もっと色々話したかったし、活発に行動もしたかったのですが、「自分は、無口だし、おとなしいのだから・・・」という思い込みが邪魔をして、どうすることもできませんでした。

その後、私は、高校へ入学しました。

自宅からは、電車で、十数分の間にあった高校ですが、初めて自分の教室に入った時に、周りを見回して、クラスメイトに知っている顔が、全く居ないことに気づきました。

同じ中学から、何人かは、この高校へ入ったはずですが、同じクラスになったこともなく、知り合いでもない生徒ばかりでした。

ということは、このクラスには、私が無口でおとなしいということを知っている者は誰もいないのです。

私は言いたいことも言えない、そんな学生生活に、もううんざりしていましたので、これは、ひょっとしたら、凄いチャンスかも知れない、などと思い、ちょっと勇気を出して、隣の席の生徒に、ちょっとだけ話しかけてみました。

どんなことを話したのかは忘れてしまいましたが、彼は普通に返事をしてくれたのです。

当たり前のことのように思えますが、その時の私にとっては、これは、背筋に電撃が走るような大きなことでした。

自分が、普通に、同級生と話している。

彼は、「無口のくせに・・・」などという顔などせずに答えてくれました。

・・・

私は、自分が無口だから、人と上手く話すことなんて出来ないと思っていたし、無口なはずの自分が、話しかけたりしたら、変な風に思われるのではないかと、ずっと信じてきていたのです。

考えてみれば、それは、私の勝手な信じ込みに過ぎなかったのです。

そんな信じ込みを手放した時の気持ちは、何か背中に乗っていた重いものが、どこかへ飛んでいったような、スッキリとしたものでした。

それからは、まあ、相変わらず、ちょっと人見知りはしますが、人とは普通に話せています。

人からみれば、大したことでもないように思えるのでしょうが、小学校や中学の時代を振り返ってみれば、これは私には、人生が変わるような、大きな出来事だったのです。そう、私は目隠しをしたまま、ありもしないバケツや植木鉢を、一生懸命に避けようと、がんばっていたのですよね。

・・・

あなただって、ひょっとしたら、今もまだ目隠しをしたままのことがあって、それで、苦しんでいるのかも知れません。

それは、きっと、何かに気づき、自分が大きくなっていく為のきっかけなんでしょう。

思い切って目隠しを取ってみる勇気。変化を楽しむ勇気。

目をそらさず前を向いて進んでいく勇気。

人生にとっては、ちいさくても、そんな勇気を持つことが、魂を磨くことにまっていくのでしょうね。