98)世の中はここより他になかりけり(全2編)その1

 医師・高田明和氏の言葉です。

「世の中はここよりほかはなかりけり、よそにはゆかれず、わきにゃおられず。

世の中は、今よりほかはなかりけり、昨日は過ぎつつ、明日は来たらず」

……

禅では「即今(そっこん)、今」などといって、今、この場所以外に行く場所はないということを自覚させようとします。

私たちは、とかく、「もし別の仕事をしていれば、もっとうまくいったのに」とか、

「こんなところにいるはずではなかった。これでは将来がない」などと思いがちです。

このように、今やっていることに全力をあげず、別のところにもっと良い人生があるはずだ、或いはあるはずだったとかんがえるのがわたしたちだとも言えるのです。

……

このような浮ついた考えを正すために、「放られたところで起きる小法師(こぼし)かな」{小さなだるまは、どこに投げられても、そこで起き上がる}という言葉も使われます。

今を軽んじて、よそでは何かもっと良いことがあるのではないかと考えることを戒めているんです。

歌にある「わきにゃおられず」という言葉にも意味があります。

私たちは、つい自分のことを、他人事のように言う傾向があります。

私たちは、今この瞬間の主役であり、脇役ではないのです。

自分が今、この仕事をしているのであって、他人がしているのではありません。

同じことは時間についても言えます。

昨日のことをあれこれ考えても、もう過ぎてしまったことだ。

明日のことを色々心配しても、明日はまだ来ないので何が起こるかわからないというのがこの歌の意味です。